アスイロ恋模様

140文字に収まらない感想や妄想の置き場です

重なった二つの未来②

前回 

重なった二つの未来① - アスイロ恋模様

 

     *


「あれは誰のせいでもないです……ただ運が悪かった、それだけ。だからプロデューサーはそんなに自分を責めないで……これもわたしがアイドルを選んだ結果だから、後悔なんてしてないです」
 白く無機質な部屋で頭を下げ続ける男に少女はやさしく語る。自分が一番傷ついたのに。これまで積み重ねてきたものが崩れ去って彼女の行く手を防いでも、それでも微笑む姿はナイフのように男の心を突き刺す。
 違うんだ、俺がもっと確認していれば、そしたらこんなことには、俺の、俺が悪いんだ、だから。

 「『不幸と同じだけ幸せはわたしのそばにある』」

 「…………」
「わたしがいつも言ってきた言葉です。あなたがわたしをプロデュースしてくれたのも、わたしが今ここにいるのも、表裏一体なんです、人生は。わたしが生きて掴んだ幸せも不幸せもすべて……どちらかを切り離して良い方だけ生きるなんてできないから。だから、プロデューサーも顔をあげてください」
 俺より半分も年下の彼女は、俺が倍の年齢になってもたどり着けない言葉を静かに紡ぐ。踏み出す一歩がどこへ続いているかも分からない暗闇を照らすその光から目をそらして、俺は来た道を引き返すように部屋をあとにする。

 

     *

 

「………の、本日…最高……は22℃です。昨日に引き続き寒暖差の激しい1日になりそうです。体調を崩さないように服装などを工夫し」
 寝起きでぽかんとした頭を持ち上げてテレビの電源を切る。カーテンから差し込む朝日を浴びながら、ぼんやりとさっき見た夢を思い出そうとして目を瞑る。しかしモザイクのかかったようにピントの合わない記憶は簡単に思い出せそうになかった。
「気付いたら朝なんて、いつ以来だろう」
 そう漏らすと少しだけ伸びをする。どうやら自宅で仕事の書類整理をしてる際に寝落ちしたようだ。型の古い腕時計は7時を指している。出勤まではまだいくらか余裕があることを確認し、いつもの手順で準備をする。くしゃくしゃの室内着から毎日アイロン掛けしているシャツに着替えてネクタイを結ぶ。プロデューサーという役職上、身だしなみには人一倍気をつけている。
 一二三プロに転勤して数ヶ月。人手不足に加えて「白菊ほたる」の前担当が突如辞めたこともあり、その補充として何年かぶりにプロデューサー業をすることになった。辞令の出された当初は(現在進行形かもしれない)色々と抵抗がないわけではなかったが、仕事なのだからある程度はやらなければならないと腹を決めた。
 朝食をとり、昨日作っておいた弁当を片手に仕事へ向かう。営業のない今日は事務所で白菊を交えてこれまでの反省点や成果の確認、これからのビジョン共有といったミーティングが主な業務内容だ。先日届いた良い報告をはやく聞かせてやりたい。そう思いながらいつもと同じように玄関を開けた、扉が何となく引っ越し当初より軽くなってる気がした。

 

「お~おはよう、良い朝じゃのう」
「おはようございます社長。社長が事務所にいらっしゃるなんて珍しいですね」
 いつもの時間に事務所について鍵を開けようとしたら先客がいた。事務所の合い鍵を持っているのは俺と白菊の他には社長だけだ。
「わしも大家だけじゃなくて一応、ここの社長だからのう。それともわしはもうお荷物かね?」
「そんなつもりじゃ、社長あってこそですよ!」
「ほほ、冗談じゃよ。ところでこの花は君が?」
 社長の指差すほうを見ると道路に面する出窓に一つの植木鉢が置かれていた。細長い葉に守られていくつかの小さな白いつぼみが開花を夢見て寝ている。
「いえ自分では、きっと白菊の持ち込み物だと思います。すみません注意しておきます」
「いやいや気にせんでいい。春らしくて気持ちが良いじゃないか。白菊くんは良い趣味をしているのう」
 そう話している社長は、孫を前にして自然と笑顔がこぼれるおじいちゃんのような表情で花を愛でる。その光景は見るだけで暖かい気持ちになれる。この人はそういった見る人を安心させるような不思議な魅力があった。
「ところでライブの話はもう本人に話したのかね?」
「まだです。今日のミーティングで伝えるつもりです」
「そうかそうか、それは良かった。早く努力の成果を受け取ってほしいのう……」
 いつの間にか社長は先日できあがったばかりの白菊の新しい宣材ポスターの前に移動していた。落ち着いた服に身を包んで、指を組み微笑む写真。実はあの笑顔、上手く撮影が進まなくて、たまたま俺の変顔で白菊が笑ったところを良い感じにカメラマンが切り取ったんだよなあ、と思い出して懐かしい気持ちになった。社長はそのまま話を続ける。
「白菊くんはこれまでも頑張っていたんだがのう。彼女がよく言う『不幸体質』のせいもあってか色々苦労してきてね。プライドの高い前任者はトラブル全てをその不幸体質のせいにして、白菊くんをいつもオドオドさせていたよ……。でもまさか、君が後任に来てくれるとはのう。上から連絡を受けたときは驚いたよ」
「実は自分もまたプロデューサーをすることになるとは思いませんでした」
 正直に当時思ったことを話す。社長の前だと素直に気持ちを吐き出せるのはやはり彼の持つ魅力の1つかもしれない。
「それでもわしは君で良かったと思っている。君が担当してからの白菊くんは実に楽しそうでのう。たまにわしと妻と三人で夕食をとるのじゃが、前までは自分から話さなかった仕事の話を進んでするようになった。特に君の話をするときが一番良い笑顔をしとるよ」
「…………」
 それは初耳だった。俺が担当する前と後で白菊は変わった、と社長は話す。俺は昔のノウハウを頼りに仕事をして、「普通」に彼女と接しているだけなのであまり自覚はない。
「これからも白菊くんをよろしく頼むよ、プロデューサー殿」
「はい―――仕事はしっかりとやります」
 俺の返事を聞いた社長は少し考えるように間を空けてからうなずいた。
「す、すみません、遅れました……いつも利用してる電車が車両整備で遅れてしまって。走って向かおうとしたら……」
 玄関から近づいてくる声は息が切れていて、急いでやってきたのが姿を見なくても伝わってくる。
「ほほ、噂をすればじゃのう」
「白菊のやつ、焦って怪我でもしたらどうするんだ……まったく」
 社長はそんな小言を漏らす俺を見て楽しそうにニヤニヤしながら社長室へ入っていく。社長、良い人なんだけどたまにああいう含みのある笑い方するんだよなあ。
 さて、そんなことよりライブの件を白菊に伝えなければ。資料通りなら彼女にとっては初めてのちゃんとしたライブになるだろう。俺はそう意気込んで、春にしては少し熱いくらいの温度を全身で感じながら、「白菊ほたる」のプロデューサーとしての1日をはじめる。

 

-続くー